2006年8月8日火曜日

〔再録〕荷風は釣りが好きだった!


荷風は釣りが好きだった!



荷風が釣りについて書いていた とは知らなかった。今日読んでいた本で偶然に知った。「釣りこそ究極の楽しみ」と書いていると。大発見。


読んだ本とはこの本:
麦わら帽子の釣り本散歩
麦わら帽子の釣り本散歩大 崎 紀夫

三樹書房 1999-11
売り上げランキング : 851222


Amazonで詳しく見る by G-Tools

釣りについて書いた本を列挙したものだが、その中で荷風の友人だった日高 基裕の『釣りする心』という本を紹介している。この本の序を荷風が書いているというのだ! 曰く:
この本を開いたとき「序荷風散人」とあるのには、本当に驚いたものである。
「災を世に貽さず苦しみを人に与えずしかも独り能く娯しむことを得るものは世に少なし」と書き出し、敬神念仏ごときは神輿をかついでうるさいし、仏の道も 法華の太鼓の如くうるさい。ラジオの浪花節、救世軍のラッパも騒がしいといかにも荷風らしいことを言って、人に迷惑をかけずに独り楽しめるものは「詩賦と 浣花と釣魚との三事なるべし」といっている。しかし、下手くそな詩賦は人に笑われるし、結局、下手でも人が笑わないのは「魚を釣り花をううる娯しみ」の二 つだと断言し、この二つが究極の楽しみではないかと結んでいる。

手元にある岩波旧版の荷風全集には、この文章は収録されていないようだ。 友人の趣味の本への序であり、お世辞も入っているかも知れず、実際に荷風が釣りをしていてそれが好きだったかは定かではないが、少なくとも否定的には見て いなかったと言うこと。

これで荷風を大先生と仰ぐ小生も堂々とバス釣りに専念できるぞ!

Posted: Tue - August 8, 2006 at 04:08 PM   Letter from Yochomachi   永井荷風       Comments (7)

2006年8月2日水曜日

清水國明『釣戦記、ブラックバス琵琶湖リリース禁止裁判』……何だかユウツになる読後感


バス釣りの本かと思ったら、ブラックバス虐め集団ヒステリーに果然として立ち上がった一人のドンキホーテーのお話し。しょせん多勢に無勢、勝ち目はない。でもこういう人がどんどん出てこないとニッポンの将来は危うい。

この本:
Amazon.co.jp: 釣戦記—ブラックバス琵琶湖リリース禁止裁判: 本: 清水 国明: "「琵琶湖で釣ったバスはリリースしてはならない」魚を水に戻す自由を釣り人から奪う滋賀県の条例に異を唱え、行政訴訟を起こした著者が、第1回公判までの軌跡をつづる渾身のドキュメント。その過程で明らかになってくる、さまざまな事実。琵琶湖を本当に破壊し、食い物にしてきたのは誰だったのか。 "

日本のほとんどの動植物は外来種だ。家畜もそうだし、皆が楽しんでいる植物もそうだ。当然お魚の多くも外来種。人間だってそうだ。ブラックバスも外来魚だが、いまや日本の自然の一部となっている(ニジマスやアユや鯉と同じ)。セイタカアワダチソウもそうだ。アメリカザリガニも。ウマも西洋犬もそうだ。ところがブラックバスについては日本攘夷思想の憎むべき対象となってしまった。

こういう科学的な議論は別にして、ブラックバスを殺したくないと感じる人達にリリースを禁止して殺すことを強制する滋賀県の条例は、普通に考えて明らかにおかしいと思う。ところが清水国明がこれを言ったとたん、彼のHPは数万件の罵詈雑言書き込みで閉鎖に追い込まれたという。明らかに集団ヒステリーが日本を支配している。

NHKの朝ドラ「純情きらり」は近年にない良い朝ドラである。芝居としてもすぐれているし、演技が本格的。主人公もとてもいい。何よりもいいのは、日本にもああいう時代(一億総火の玉、反対するのは非国民という時代)があったということを見せてくれること。

「ブラックバスは悪者、全部殺してしまえ」というPTAおばさんが大好きな環境「主義者」の主張も、これ似ている。「異文化であるブラックバスを排斥することはいいことなのだと」いう主張が、利権団体とその御用環境学者の連携プレイのおかげで、ニッポンの「隣組」思想として確立してしまっているのである。

このようなアホな議論を続けざるをえないことで、日本国は壮大なエネルギーの無駄遣いをしているのだ。これじゃ国際競争に負けるわ。

2006年7月24日月曜日

「国の危機を、内部の問題として捉えるのがサヨク。外部からのものとしてみるのがウヨク」(田島正樹)


uumin3 さん: 

田島正樹『読む哲学事典』(講談社現代新書)は面白そうですね。
 孫引きですが、
ここで、祖国が直面する危機を、その政治的共同体内部の問題として捉え、それ自身を、常に潜在的に 亀裂や対立を内包するものと見る立場を、左翼という。それに対し、祖国そのものは元来分裂を含まぬ統一体であるとみなし、それゆえ、祖国の危機はもっぱら 外からのもの、外敵によると見る立場を、右翼という。

(中略)

したがって、左翼と右翼が対立していると見る立場は、実はもっぱら左翼の見方であり、右翼は自分を右翼とは認めない。彼らは、自らを国民の立場、または中 道と主張するのであり、国民は本来、みな和して一体であり、それでもあえて対立する者たちは、敵にそそのかされ、操られた非国民と見なすのである。

(「保守主義と左翼」の項)
歴史的意味はちょっとおいておいて、こういうふうに作業仮説的に定義し直すのは刺激的な試みのように思います。
これ、すごく的確な指摘だと思う。

ウヨクは「祖国そのものを元来 分裂を含まぬ統一体と見なす」というのはその通りだと思う。これは農村的な「ムラ社会」意識から生ずる。散人の以前からの自問「なぜ農村住民はウヨクなの だろう?」という疑問に答えるものである。ようやく正解が見つかった!

Posted: Mon - July 24, 2006 at 08:26 AM   Letter from Yochomachi   名言(迷言)集  Previous   Next   Comments (5)

2006年7月16日日曜日

大泉一貫『ニッポンのコメ 崩壊に向かう複雑なその仕組み』……良書である!



今日読んだお奨めの本:
Amazon.co.jp: ニッポンのコメ—崩壊に向かう複雑なその仕組み: 本: 大泉 一貫: "1995年「食管法」が廃止され、それに代わって「食糧法」が制定・施行された。本書は、食糧法がコメの世界にもたらした変化を、生産現場・卸・小売・ 消費者の立場からレポートする。コメをめぐる複雑な状況の理解に最適な一冊。これから市場に求められるコメの条件もわかる。"
半世紀にわたる統制農政のおかげで複雑怪奇な仕組みになってしまった「ニッポンのコメ」。国民はまずこれを理解することから始めなければならない。この本を読め!

普通の人は、食管法と食糧法で、どこがどう変わったのかなぞ、全く知らないだろう。 コメをめぐる制度はあまりにも複雑だから、素人はほとんど議論にすら参加できない。だからその道の「専門家」と称する農協御用学者がやりたい放題に人を煙 に巻き自分の都合のいい方向に政治を左右することが出来るのだ。

この本の著者は、日本の農業経済と実践における主流の主流の学者。いわばインサイダーである。でも農協御用学者とは明確に一線を画している。説明はわかりやすく、主張にはすごい説得力がある。利権集団に騙されないためにも、この本は読んでおいた方がいい。

例えば、次のような疑問に著者は明快な説明をしてくれている:
  1. 食管法とはどういう背景で成立したか。なぜ戦後も維持されたのか。どうして機能しなくなったのか。
  2. 食管法に変わる食糧法は、食管法とどう違うのか。どこが同じなのか。その矛盾は何か。
  3. 食糧法でどの分野でどれほどの変化があったのか。ドラスティックな変化を経験した分野はどこか。全く変わらなかった分野とはどこか。
  4. どうして生産分野はまるで変わらなかったのか。どうして需要と供給で値段が決められないのか。
  5. どうして農村は政府の別働隊になったのか。生産調整はどうやって行われるのか。それが農民の行動基準をどう変えたか、などなど。

宝の山のような本。一度で紹介するにはあまりにモッタイナイから、別途、章ごとに何回にも分けて「さわり」をご紹介したいと思います。

2006年6月14日水曜日

高い生活費〔食費)が日本人の退職後の生活を陰鬱なものとしている



生命保険会社のAXAが全世界 で実施した退職後の生活に関する意識調査がネットで発表されている。この種の調査が世界同一基準でこれほど大規模に実施された例はなく、貴重なものだと思 う。特に各国の年金受取額と必要生活費の比較は興味深い。日本では年金受取絶対額はそこそこだが、必要生活費に比べると国際的にとても見劣りがするのだ。

日本に関する調査結果とその国 際比較はここ 。

前述の年金比較のページだがこれ↓

 



必要生活費に比べての受け取り年金額で見れば、アメリ カ、イギリスなどのアングロサクソン国が断然上位に来る。

それらの国は基本的に自由経済の国だ。競争の結果物価 が低いので安く生活できる上に、その安い生活費のメリットを現役時代を通じて享受でき、浮いた分を貯蓄・投資に回す結果、受け取り年金も多くなっているの だろう。

一方、日本人の退職後の年金(公的年金プラス自己年 金)収入は必要生活費をカバーできていない。その結果、日本の高齢就業者数は国際的に見ても断然多くなっている。生き甲斐のためというより必要に迫られて 働く人が多いのだ。

日本人ももうちょっと消費物資の価格に敏感になるべき ではないか。物価が上がった下がったということよりも、国際的に見てこの価格は妥当かどうかということに敏感にならねばならないように思う。一番大きな支 出項目は食費(含む外食費)。生涯収入を4億円(一部上場企業のサラリーマン)として、その25%程度は占めるだろう。一億円。これが国際水準価格の二倍 程度の価格で支出されているのではないか。生涯を通じて累計で5000万円は損をしている勘定。これだけあれば立派な年金は組める。農水産物の市場開放が サラリーマンの老後を救うのである。

2006年6月9日金曜日

「農耕民族」と「日本人」は、同義語であるか?



何でこんなことを考えてしまったかというと、さくら様の文章の中でこんな言葉を目にしたから:
さくらの永田町通信: くじらと外交: "基本的に農林族は、農耕民族・日本人の水と緑を守る愛国者ですから"
彼女の論点から離れてしまうのだが、「農耕民族・日本人」という表現が気になった。この表現は当たっているとも言えるし、当たっていないとも言える。

いろいろ考察が可能だが、むつかしい議論はやめっ。もっと具体的で面白い例を。今朝こんな爆笑ニュースを読んだ:
雅楽多blog:性教育の手引書で、「当時の日本人の8割以上を占める農民層では14〜15歳になるとセックスも含めてつきあいを始めるのが普通で、いろんな人とつきあってからだんだん相手を決めていった」が問題に - livedoor Blog(ブログ): "解説を読んだ一部の関係者から「『セックスも含めてつきあい始めるのが普通』という表現は問題」との声が上がり、県教委が再検討。"

こ の問題は別に新しい問題ではない。明治政府も農民大衆の性風俗に当惑し、何とか「国際的に恥ずかしくないようなレベル」にまで「改善」させようと躍起に なった。禁欲的なサムライ階級にとっては、農民の性の奔放さは苦々しい「旧態依然たる因習」であったし、自分たちの価値観とは異なったものであったから だ。

ところがなかなか改まらない。農村部の旧習を告発するサイトで は、いまだにこういう農村特有の性のルーズさのおかげで女性が被害に遭うという例が多く報告されているし、都市部でも電車での痴漢は後を絶たない(あれは 国際的には珍しい現象。都市部にも農村出身者が多いのだ)。フリーセックスは北欧とかアメリカが先だと言うが、文化的な意味合いがまるで違う。あちらでは 「古い社会制度への抵抗」として出現したものだが、日本に於いては「伝統的文化」として残っているのである。

「農耕民族(農民)=日本人」というなら、「夜這い文化こそが日本の美しい伝統」と言うべきだが、さすがに誰もそこまでは言わない。それどころか、藤原正彦は『国家の品格』でサムライ精神こそが日本の骨格であると断言(ということは彼は日本の農村文化を否定しているのである。サムライ文化は農民文化と違う)。

どっ ちがいいとかの議論はしないが、言いたいことは、時には伝統文化であると開き直り、時には恥ずかしいものだして隠す行動に出るという「日本の伝統」は興味 深いと言うこと。このへんのアンビバレントな感覚が、現在の日本社会に蔓延する、ある種の屈折したご都合主義と、エゴ丸出しの実利主義に結びついていくの かも知れない。その意味では「農耕民族=日本人」とも言えるのだが、なんだかやりきれない。

2006年6月6日火曜日

なぞなぞ(農水系):農林水産関係者は、なぜ憲法9条改正に反対するのでしょうか?



今日の農協新聞。憲法9条の改正を断固阻止すると:
農政ニュース/JACOM: "憲法9条を中心に改憲しようという動きを阻止しようと、農林水産関係者が各地で立ち上げた「農林水産9条の会」が発足1周年を記念して全国のつどいを5月28日に開いた。"
それはそれで結構なのだが、その理由がケッサク。

こういう理由らしい:
今回の改憲の動きが日本の食料自給率の低さと海外依存の強さとを関連させ、自由貿易を守り海外輸送の安全を確保する必要がある、といった理由づけをして9条改正が考えられていることが問題。こうした改憲の動きを抑えるためにも食料自給率向上とWTOルールの改定などを要求する運動を強めることや、消費者・市民との連携で農業や地域を守ることも一層重要になる

つまり、日本が自前でシーレーンを守る能力を身につけることは、農林水産関係者の利益に反すると言うことらしい。

あたしゃ、もうなんにも言いません。あきれたわ。

2006年6月1日木曜日

ファーブル博物記5「植物のはなし」は面白い!



今日読んだ本がこれ。とてもお奨め。こういういい先生に恵まれなかった散人は、高校の理科科目は物理と化学を選択してしまった。生物(植物)を選択していた方が実生活に役に立ったな。


植物のはなし
植物のはなしアンリ・ファーブル 後平 澪子 日高 敏隆

岩波書店 2004-06-26
売り上げランキング : 273161

おすすめ平均 star
star植物も動物のように生きていることを実感させてくれる神秘の本

Amazonで詳しく見る
 by G-Tools

植物の説明をするのにファーブルはいきなり動物(ヒドラ)の話から始める。こんなスタイルとても好き。いろいろ勉強になったぞ。

例えば、雑草を刈ることについて。ファーブルは雑草を刈ると、雑草は切り口から不定芽をたくさん出すので、雑草は前よりずっと濃く繁ることになると警告している。それで思い出したのはこの本↓

『草刈る人』(玉村豊男)……日本農業の実態はこれでわかる 

題名通り、玉村豊男は毎日毎日、自分の農園の草刈りに多大の労力を使っている。タンポポを草刈機の石油タンクを二回も満タンにして一日がかりで駆除したのに翌日には白い穂をつけていたとか、東京から遊びに来る友人達も容赦なく草刈りに動員するとか。でも玉村氏のやっていたことは、無駄なことだったのだ。労力と石油の無駄使い。

玉村豊男はフランス文学者の端くれだからファーブルぐらいは読んでいるはず。だから無駄だと知りながらやっていると言うことも考えられる。農作業は彼の自己満足だから、それでいいのかも知れない。

日本の農業には、こういう自己満足が多いような気がする。

Posted: Thu - June 1, 2006 at 06:08 PM   Letter from Yochomachi   植物観察、庭仕事   Previous   Next  Comments (2)  

2006年5月24日水曜日

「モノに執着しておれば格差に目が行く」(日本経団連奥田碩会長)



昨日の「クロ現」で奥田会長が 格差問題に触れて。名言だな。

「その人個人の価値観で成功し たかどうかを計らねばならない。金銭的な側面だけを取り上げて云々する人こそ“弱者(心が貧しい人)”だ」とも。国谷アナが目をむいていたが、彼女には ちょっと難しすぎたか。

個人の価値基準を測る尺度がしっかりしていないので、 何でもかんでもお金に換算してしか計れない人が増えていると言うことか。それを利用して政治的な野心を満たそうとする人もいるから、国民はどんどん煽られ ている。

しかしここで大切なこと。金銭的な格差論議は不毛だ が、金銭的な損得論議は大いにするべきだということ。お金の値打ちはみんなそれぞれで違うものの、誰かが誰かをボル、誰かが誰かにボラれるというのは、社 会的正義の問題であるからだ。格差論議とは関係ない。

Posted: Wed - May 24, 2006 at 03:30 PM   Letter from Yochomachi   名言(迷言)集  Previous   Next   Comments (10)  

2006年5月8日月曜日

隠居小屋ではオオムラサキが満開



山中湖から帰ってくるとオオムラサキがお出迎え。

 

ザクロの葉っぱも出そろった。ツタ(ナツツタ)がすごい勢いで伸びていてジャングル状態。東京の自然もなかなか捨てたものではない

ロンドンの勝野康友さんにお教え頂いた「気を遣う」と「気を配る」の違い



東京を十日あまり離れていた間に自宅にファックスが入っていた。勝野康友氏がお亡くなりになったという。4月29日、享年69。

勝野さんについて散人が知るところは、東京大学教養学部をご卒業後、住友商事に入社。以後鋼管貿易部のエリートとして大活躍された人ということ。散人が鋼管貿易に入った時には、勝野さんはロンドン支店の鋼管担当責任者として、雲の上とも言えるエライ人だった。何せ非米系メージャー石油会社が買い付ける鋼管類の買い付けを一手に対応する現場の大責任者であったのだ。イラク、イラン、中東、アジア、南米など石油会社のオペレーションの資材購入のほとんどをロンドン支店が(つまり勝野さんが)ハンドルされていた。ものすごく頭がいい人という印象で、実際とてつもなくシャープだった。実績は素晴らしいが、同時に彼に嫌われてしまった人も多くいた。とても怖い人だったのである。

でも、世界の流れは、メージャーオイルの資材集中購買という伝統的な方法とは逆に流れていた。各国の石油資源はどんどん国有化され、資材購買はどんどん現地化して行ったのである。しょせん、メージャーオイルの集中購買に依存するロンドン支店の商権は小さくなる一方。その点、米国でのローカル商売に徹していた米国出先の扱いは安定的だった。結局、勝野さんは、鋼管ビジネスでの花形の地位を米国土着ビジネス担当者に譲ることとなる。グローバリズムがローカリズムに敗れたとも言える。その後ビジネスの第一線を退かれ、本社部門の広報室長となられる。本人としては不本意なことだっただろうと思う。でも、広報室長としての活躍も驚異的な物だった。「広報は営業」。その精神で素晴らしい実績を上げられた。会社のマスコミ注目度も飛躍的に向上した。

広報室長で居られた頃は、調査部にいた小生の隣で執務されていた関係上、いささか近い距離で勝野さんをお見受けした。悠々たるご執務ぶりは実に立派だった。みんなが緊張してしまうワシントンからの大物の来訪にも実に巧みに対応していただき、僕らは面目を施した。

そんなことよりも、散人個人にとってとても印象深いことがある。散人が中南米某所で駐在していた際だがいささか精神的に参っていた時があった。その時、勝野さんが出身元の東京鋼管貿易部の部長として現地に出張してこられた。実にうまく関係者との確執を取りなしてくれた。その後、勝野さんが小生を食事に誘ってくれたが、その時の言葉が今も忘れられない。「人間『気を遣う』ということと『気を配る』ということは違うのだ。君は『気を遣って』いるけれど『気を配っていない』」と言われた。

いまだに小生は「気を遣う」ばかりで「気を配る」のは苦手だ。でも、その二つの違いは理解できるようになったのは、勝野さんのおかげだ。ご冥福をお祈りしたい。

2006年5月5日金曜日

『草刈る人』(玉村豊男)……日本農業の実態はこれでわかる



おフランス留学帰りの東大仏文卒エッセイストの玉村豊男は、今や5000坪の田畑を所有するれっきとした地主。作男を使って悠々自適の生活だ。その農村生活をエッセイに書いてまた儲ける。でも質の高いエッセイであることは事実。

この本を読んだ:
草刈る人
草刈る人玉村 豊男

新潮社 2001-09
売り上げランキング : 136,763


Amazonで詳しく見る
 by G-Tools

日本の農村と農業を知るにはとてもいい本。さすが仏文卒。日本農業の本質的なところをよく書いている。

玉村豊男は文化活動にいろいろ忙しい人なので、この長野県の農園には常駐はしていない。だから耕したり作業をするのに作男(ほとんどは若い女性らしいから作女か)を7〜8人、常勤で雇っているとのこと。それに加えて休みになると「俺も農作業をしてみたい」という知人がわんさかやってくるので、これらの「季節労働者」をただで使っている。かなりあくどいな。

5000坪の農地を持つことで「ようやく平均的な農家に成れた」とのこと。たかが1・6ヘクタールだろう。飛行機を使って種を蒔くのが常識となっている国際スタンダードから見れば、極度に生産性の低い零細農家そのもの。それで作男(作女)を7〜8人雇えるだけの収入があるというのは、どう考えてもおかしい。保護政策により日本の農産物価格が異常に高いので、こうした経営が成り立つのだ。考え込んでしまった。玉村豊男は「農業とは一人で完結する作業で達成感がある」というが、いかにピン工場の生産性が分業によって飛躍的に向上したかを書いたアダム・スミスの「国富論」を読み直すべきじゃないか。

それにしても「ただでもいいから農作業をしたい」という人たちがこんなに多いとは驚き。昨今のロハス・ブームに躍らされている人が多いということ。おかげで零細地主でも左うちわ。このままでは、日本は340万人の地主有閑趣味階級を抱えることになる。

2006年5月2日火曜日

田舎暮らしの参考書いろいろ



いろいろノウハウを仕入れなくてはいけないと思って山中湖情報創造館(図書館)でお勉強の本を数冊借りた。参考になったこと多々。

1)田舎暮らし虎の巻(佐藤彰啓)
田舎暮らし虎の巻
田舎暮らし虎の巻佐藤 彰啓

文化出版局 2003-03
売り上げランキング : 56,985

おすすめ平均 star
star田舎暮らしを実現する最良の指南書

Amazonで詳しく見る
 by G-Tools

「田舎暮らしをしたい人、これからする人、必読の101条!」ということらしい。こまごまとやってはいけないことが羅列してある。まるでモーゼの10戒だが、10どころか101もある。要は田舎のルールを守らないと生きてはいけないということをおどろおどろしく書いてある。気になったのは、やたら別荘地を敵視していること。別荘地は寒冷地にあることが多く冬は住めないとか、中古案件は玉石混合でいい物件も趣味性が強すぎるだとか、夏場はちゃらちゃらした若者が多いとか、景色がよくっても意味がないとかいろいろ。すべからく、農地、それもコメが採れる地域の農地を買って、地元の工務店で建築し、地元の食物を食べて、地元のルールに従って暮らせ、そうしたら地元に溶け込んで幸せになるという。でも別荘地は寒すぎるから駄目だといいながら、東北とか北海道の農家は暖房性能がいいので零下20度ぐらいになっても暮らしやすいとかいっているし、地元のルールを守れば大丈夫だといいながら、最後の方に地元のルールを守っても住民に受け入れられるのには親子三代かかるとか書いてあるし、矛盾する個所がいろいろ。いったいどういう人が書いたのか見てみると、農村雑誌「家の光」の編集者をしていて農水省の委員会の委員を務められているエライ人。はは〜ん、わかった。農村の立場からの視点なのだ。

2)田園生活の教科書
田園生活の教科書—辛口のカントリーライフ入門書
田園生活の教科書—辛口のカントリーライフ入門書斉藤 令介

集英社 2001-04
売り上げランキング : 251,925

おすすめ平均 star
starIターン希望者必携の本

Amazonで詳しく見る
 by G-Tools

これは、カナダ仕込みの具体的なノウハウがいっぱい。熊とかイノシシとの戦い方も書いてある。でもちょっと道具に凝りすぎ。狩猟と釣りが好きな人にはいいかも。除雪機とかチェーンソーとかの工具の説明も本格的。これ全部そろえたら、破産するわ。

3)週末・八ケ岳いなか暮らし

これ以前借りて読んだ本だった。ここに書いた。二度借りするとは惚けはじめだな。


4) 田舎暮らしはつらかった(渡辺瑠海)
田舎暮らしはつらかった
田舎暮らしはつらかった渡辺 瑠海

ロコモーションパブリッシング 2005-09-27
売り上げランキング :

おすすめ平均 star
star一人と一匹の奮闘が哀しくも可笑しい!
star田舎暮らし後の現実をイメージできる

Amazonで詳しく見る
 by G-Tools

ははは、女性単身の田舎生活を始めたら一挙に8キロも肥ってしまったそうだ。ストレスによるやけ食いのためだろうか。この人もうじき東京に帰ってくると思う。


いろいろ読んでの感想。田舎暮らしをするなら山中湖が一番いい! 

理由:
  1. 東京から近い。
  2. 夏涼しい。
  3. 自然が美しい。
  4. 冬は天気が良く富士山きれい。零下17度もストーブがあれば平気。
  5. 適度に都会。住民が都会的でスマート(コメが採れないからかな)。ムラ社会に入らなくても生活できる。
  6. 社会インフラが整備されている(水洗化率99%、無料駐車場がどこにでもある、図書館がいい、レストラン・美術館多し)
  7. 虫が少ない。ちょっと上がると夏でも蚊がいない(網戸不要なくらい)。水が溜まらない土壌だからか
  8. 俗悪な店がない(たとえばパチンコ屋なぞ)
  9. 管理業務などの生活サポートサービスが整備されている。
  10. ホテルの食事の出前も頼める。
  11. JRが来ていないので、観光客が比較的少ない。
  12. ヨットもできる。

田舎暮らしにあこがれながら、たいへんそうだな〜と尻込みしている人。本当の田舎などの怖いところではなく、山中湖がいいと思うよ。

2006年4月30日日曜日

アウディはやっぱりクワトロなのか...

アウディはやっぱりクワトロなのか...: "それにしてもやっぱり、アウディといえばクワトロなのか...と真剣に考えた次第である。
まあ、都市生活に重点を置いていれば、さほどの違いは無いと思うが...
たかがクワトロされどクワトロ...私が欲しいのはオールロードクワトロと、A4カブリオレです!"

A4カブリオレはFF。でも厳寒の勾配15度の坂道もへいっちゃら。クワトロにこだわることはないよ。

2006年4月29日土曜日

フォアグラとお多福豆

フォアグラとお多福豆: "ホリエモンが男になれるかどうか。判決はどうせ微罪でしょうから、出所後は「わが息子、わが弟」扱いしてくれる政界入りするか否か。どのような命運が待ちかまえているにせよ、久五郎の時代との大きな差は、人物にも社会にも“美学”がないことです。実際、大衆IT社会には美学というものが徹底的に欠如していますね。"

2006年4月27日木曜日

内田樹の研究室: 政治を弔うということ

内田樹の研究室: 政治を弔うということ: "匿名で政治を語る人間が運動の退潮期に「弔い」の責務をわが身に感じるということはない。
責任をとる気がある人間はそもそも匿名で発言したりはしないからだ。
繰り返し書くが、あらゆる政治運動、政治思想は「短い栄光の夏」と「エンドレスの気鬱な冬」から形成されている。
そして、その運動や思想の価値を最終的に決定するのは「冬の過ごし方」に知的リソースを投じたひとにぎりの人々なのである。"

あんとに庵◆備忘録 - ナショナリズム

あんとに庵◆備忘録 - ナショナリズム: "散人先生ともあろうお方が動揺してどうする???"

へへへ、いたってデリケートなもんで・・・・。

2006年4月26日水曜日

内田樹の研究室: ナショナリズムと集団性

内田樹の研究室: ナショナリズムと集団性: "現代における「強者」たちはほぼ例外なく「集団に深くコミットしていること」の代償として豊かな受益機会を享受している。
現代における「弱者」たちはほぼ例外なく集団に属していない。"

「(集団に属さないことの不利益に気が付き)愕然として、思わずしがみついた先がナショナリズムなのである」(内田樹)


ネットウヨと農村居住者の関係について書いたら(その1 その2 )好評(?)だったみたいなので、もう少しきっちり考えてみたいなと思っていた。恰も良し、内田先生がいい材料を提供してくださった。

内田樹の研究室: ナショナリズムと集団性: "若い世代に瀰漫するナショナリズムと格差社会の関係について、大学院で渡邊仁さんの発表を聴きながら考えた。"
裨益するところ、多大。

散人流の抜粋:
  1. 新たなナショナリズムの担い手はつねに「弱者」である。「物心両面で支援してくれるような社会集団に帰属していな い」がゆえに「さっぱり受益機会に恵まれない」という個人的事情から、ナショナリズムが必要だ。
  2. それに対して、いわゆる「強者」は(国民的統合が果たされていない)ステイタス・クオから十分な利益を得ている。現 状で十分に受益しているからこそ彼らは「強者」と呼ばれているわけである。だから、「強者」は別に国民的統合の達成が喫緊の政治的課題であるとは思ってい ない。
  3. 思っている「強者」がいるとしたら、それは「ナショナリズムの亢進からさらに利益を得よう」と望んでいる「強欲な強 者」(石原慎太郎とか安倍晋三とか)だけである。
  4. 「いまは持っていない」受益機会を生み出すと信じている「弱者」と、「いま持っている」受益機会をさらに増大すると 信じている「強者」の連合によってナショナリズムは亢進する。
  5. 少なくとも現代における「強者」たちはほぼ例外なく「集団に深くコミットしていること」の代償として豊かな受益機会 を享受している。
  6. 現代における「弱者」たちはほぼ例外なく集団に属していない。久しく「スタンドアローンであること」の有利さだけを 教え込まれた育った若者たちが、そのような生き方がさっぱり受益機会の増大に資さないことに、成人した後に気づいて、いま愕然としている。愕然として、思 わずしがみついた先がナショナリズムなのである。

今まで散人が思っていたことをほとんど言ってくれる見事な論調(散人の昔書いた主張も見てください)。しかし、ちょっと困った。これ では「ナショナリスト=ヒャクショウ」という散人の仮説が支持されないのだ。つまり、日本における農村既得権益者団体は、今や日本最強の政治圧力団体であ り、経済的にも農林統計協会の調査によると都市勤労者をはるかに上回る所得を享受している押しも押されぬ「強者」である以上、この理屈で言えば、「ナショ ナリストなんかにはなる必要がない人たち」ということになってしまう。どう考えればいいのだろう?

二つ考えられる。まずひとつは、「ヒャクショウ」とは内田氏の言う「強欲 な強者」であるというい仮説。自分たちがなお一層豊かになるために「都市部のアホな下層ウヨたち」を味方に取り込んで、自分たちの政治的野望を実現させよ うとしているということ。あり得ないことではない。

もう一つは、「ヒャクショウ」とは古いタイプのナショナリストであるとい うこと。内田氏が冒頭に言っているように、内田氏は「新しいタイプ」のナショナリストを分析されている。でも、昔の「古いナショナリスト」は、南北戦争や フランス革命のころを見てもわかるように、産業政策論者であった。外国からの競争を排除することで自国産業の発展を目論んだ。その結果、消費者は高いもの を買わされることで損をするが、これは国益に利すると強引に論じる。消費者が自分たちの生産物しか買えない状況を作り出すことこそ、古いタイプのナショナ リストが必死で追及していたことだ。今の農業団体の主張に相当近い。

結局、この二つのことが重なり合って、いまの「農村ナショナリズム」がで きているのだと思う。言えることは、その「農村ナショナリズム」に利用されるだけの「都市弱者ナショナリスト」は、自分たちのクビを自分でしめているだけ のことで、とてもかわいそうということ。早く目覚めたほうがいい。

抜粋に入れなかったが、内田先生は、「所属する集団の大きさ」を損得勘定 を考える際に重要なポイントと指摘されている。大きすぎても小さすぎてもいけない。その点「農協」という組織は実にうまくできていて、小さな集団の強みと 巨大な集団の強みを柔軟にコンバインすることができる組織だ。しかも、うまく独占禁止法の規制を逃れている。とても恐ろしい存在である。

Posted: Wed - April 26, 2006 at 05:29 PM   Letter from Yochomachi   名言(迷言)集  Previous   Next   Comments (4)  

2006年4月25日火曜日

Sankei Web 政治 小泉政権 「無為な時間」と小沢氏批判(04/25 22:23)

Sankei Web 政治 小泉政権 「無為な時間」と小沢氏批判(04/25 22:23): "小沢氏は、国債発行30兆円枠突破の「公約違反」を「大したことではない」とした小泉純一郎首相の発言を挙げ、「小泉政権の本質はこの言葉に表れている」と指摘。"

2006年4月23日日曜日

mumurブルログ:産経黒田氏 「WCは失敗だった」「韓国に自信をつけさせても付け上がるだけ」

mumurブルログ:産経黒田氏 「WCは失敗だった」「韓国に自信をつけさせても付け上がるだけ」: "テレビ討論会などで筆者(黒田)が「独島は韓国のものだが竹島は日本のものだ」とユーモラスに言っても「殺してやる!」と脅迫者が現れる韓国なだけに、韓国向けも考え遠回りする。 "

黒田さんの文章が引用されていた。そうなんだよな、あいつら疲れる。同じようにニッポンジンも疲れる。古代から同じ国だったから、考え方も民度も同じなんだろうな。

2006年4月22日土曜日

隠居小屋:イヌマキの剪定



大仕事に挑戦。槇(イヌマキ)をいじってみた。

剪定前:

 

剪定後:

 





結論:イヌマキの門冠り仕立ては素人には無理。

普通の植木と違って、イヌマキの門冠りは「上から」剪らなければならないが、ハシゴはそこまで届かないのだ。いくらよじ登っても樹冠の上から剪ることは出来ない(プロは電柱工事用のゴンドラを使って電気ノコギリで平らにする)。やむなく自然風に仕立てようと方針変更をして、下から長尺の剪定ばさみでこみ入ったところを透かせるように剪った。長年電気ノコギリで平らにしているので、枝の中が極度に混み合っている。イヌマキにとっても暑苦しいのだ。外観はあまり変わっていないが、樹にとってすこぶる「健康的」になっているのである。
 

こわくない話

こわくない話: "受験生相手ならともかく、日本では本当に「……はこわくない」「……を知ってますか?」というニュアンスに相当する知的階層のデファルトは存在しなかったのかもしれませんね。そう思うと寂寞感に耐えない次第です。"

米は麦より優れてゐるか: アミノ酸スコアの陥穽 : 三角点 -北国tv

米は麦より優れてゐるか: アミノ酸スコアの陥穽 : 三角点 -北国tv: "精白米と小麦粉として比較した場合は小麦粉の方が少ない重量で必須アミノ酸を充足することができる。この違ひは押さへておくべきである。"

2006年4月19日水曜日

☆ 官 邸 日 記 ☆: 【平成18年4月18日(火)】

☆ 官 邸 日 記 ☆: 【平成18年4月18日(火)】: "「市場原理が地方まで浸透し、大変な状況だ。みんなで話し合って、分担して郷土づくりをやっていくという社会はいかんのか !!」とこちらは5年ぶりの国会質問で談合容認論(?)を展開した亀井静香 国民新党代表代行。 "

こういう論理がいまだにまかり通っているのが日本の社会。如何にアホで、自己中心的な議論であるのか、みんなで考えてみよう。

Sankei Web “ニュー小沢”前面に「自民分断、無駄な努力せぬ」(04/18 21:20)

Sankei Web “ニュー小沢”前面に「自民分断、無駄な努力せぬ」(04/18 21:20): "「自民党は政権を維持したい人の集まり。与党である限り党は割れない。無駄な努力はしないと(小泉首相に)お伝えください」"

2006年4月17日月曜日

「他人にぬけぬけと愛を強要するニッポンは野蛮だ」(あさのあつこ)



あさのあつこという人は知らなかったけれど、今晩の日経コラムで感服 した。とても立派な人だ。尊敬する。

彼女の「満開の桜によせて」と いうコラムから部分引用:
花とは何か、人とは何か、生とは何か……穏やかに深く思考を働かせる。二十一世紀の今、この国に生きる わたしたちに、もっとも欠けている部分かも知れない。そう、人は思案し、徹底的に個に拘るべきだ。個に拘ることにしか、真実の文化は生まれてこない。(中 略、この国の大人と呼ばれる人たちは)野蛮なのだ。他者にぬけぬけと愛を強要するほどに野蛮で粗野だ。
「私を愛して」ならわかる。しかし、「この国をこの社会をこの○○を愛せ」と強いることの蛮行。

いろいろものを読む方だが、これだけ力のある文章に、最近お目にかかった ことはない。あさのあつこ、あっぱれである。

これは愛国教育ばかりには限らないと思う。今はやりの環境運動についても 同じ。「○○を愛せ」との体制による個人に対する強要が多すぎるのだ。願い下げだ。

環境論者は、二つに分かれる。宣教師的な布教精神に富んだ人と、それを利 用して自分に利益誘導しようとする人たち。前者はまだいいのだが、後者はおぞましい。例えば「農業の多面的性格」とかいって自然保護のために里山の風景や スギ林や農村を守れという。杉林はまさに人工的なもので、山林保有者の利潤追求動機から作られたものだ。日本本来の植生ではない。何が環境だ、何が自然 だ。おまけに戦後最大の公害被害と言える花粉症患者を作り出している。それなのに今までしこたま儲けて大きな資産を保有する山林保有者は、補償能力がない という理由で自分の責任を回避し続けている。アスベスト被害補償でのクボタの潔い態度を学ぶべきではないか。「農業の多面的性格」をWTO交渉や農業保護 政策論議に持ち出して来るに至っては、トンチンカンとしかいいようがない。切り離して議論するべきものだ。  

Sankei Web 社会 耐震偽装 木村建設社長ら聴取 合同捜査本部(04/17 12:22)

Sankei Web 社会 耐震偽装 木村建設社長ら聴取 合同捜査本部(04/17 12:22)

最初からコイツが一番のワルと睨んでいたのだが、ようやく。外堀を埋めていよいよ本丸か。

ブログサービス比較 - ブログファン ブログ総合情報

ブログサービス比較 - ブログファン ブログ総合情報

2006年4月16日日曜日

Le Monde : ローマ帝国国民の平均年収はいくらだったか?


ルモンドには時々こういった面白い記事が掲載され る:

Le Monde.fr : Le déclin européen, en perspective longue: "Un habitant de l'empire romain disposait de 540 dollars de revenu annuel, en moyenne. Par comparaison, le revenu d'un Français en 1688 était de 900 dollars et en 2003 de 22 000 dollars. Nous sommes donc, aujourd'hui, quarante fois plus riches qu'il y a deux millénaires. Vous saviez ça ?"
ローマ時代の一人あたり平均年収(一人あたりGDP)は現在価値に換算すると540ドルだった。2003年のフランスの一人あたりGDPは2万2千ドル (1688年は900ドル)。へ〜。

この記事のいいところは、更に これからこんなことが言えると、いろいろ書いてあること。さわりだけ抜粋:
  1. これはイギリスの歴史経済学者アンガス・マディソン氏の推計によるもの。彼は元OECDのエコノミスト。
  2. ローマ人は帝国を建設したけれど、科学技術は異民族に比べたいしたことはなかったし、栄養状態も異民族より逆に悪 かった。しかし組織力があった。異民族に対しては力と友好を使い分けるプラグマティズムもあった。
  3. ローマ帝国制度はギリシャやエジプトなどの先進国よりも、スペインやゴールなどの後進地域にとってメリットがあっ た。社会資本の整備や技術導入が出来た。これはナポレオン帝国においても、中国においても同じことだった。キャッチアップ効果。後進地帯は常に世界帝国に 加入することで利益を受ける。戦後の日本のように。
  4. この後進地帯のキャッチアップは先進地帯の没落を意味するものではない。
  5. 一番悪いのはナショナリズム。鎖国をしてどうしようもなく遅れてしまった中国を見よ。
  6. フランスの場合、1500年から1820年にかけての経済発展が著しかった。これはヨーロッパの経済発展は産業革命 以降だとする伝統的な考え方が間違っていることを示すもの。経済発展は(産業革命ではなく)商人資本主義が引き起こすものである。
  7. 将来に悲観的になることはない。もっともよくないのは経済発展をグローバルなゼロサム関係として捉えることだ。
  8. 一人一人の兵隊は弱いローマ軍も、柔軟性があったことで、強かったギリシャの密集歩兵集団を打ち負かしたことを忘れ てはいけない。

そうか、あの輝かしいローマ時代に比べても、現代は格段に豊かになってい るのだ。もっと楽観的になろう。同感。

Posted: Sun - April 16, 2006 at 07:02 PM   Letter from Yochomachi   Le Monde(ルモンド抄訳)   Previous   Next   Comments

「食育」に根拠はあるのか: 独り歩きする「日本型食生活」キャンペーン : 三角点 -北国tv

「食育」に根拠はあるのか: 独り歩きする「日本型食生活」キャンペーン : 三角点 -北国tv: "十分な根拠なしに「とにかく米を中心とする日本型食生活が良いのだ」といふ話が流布され、印象づけられてゐる。さういふ時代なのである。我々はもつと注意すべきであらう。
"

2006年4月15日土曜日

「貝原益軒は間違っとるのである」(元祖“医食同源”の新居裕久先生)



今朝の日経「医食同源」コラム で新宿医院院長の新居裕久先生が。新居先生は、現代日本の風靡する「粗食長寿説」を撲滅することに使命感を燃やされているようだ。頑張れ新居先生!

抜粋:
  1. 粗食長寿説が広く行き渡っているが、これには貝原益軒の「養生訓」が大きな影響を与えている。
  2. 例えば次のような文章:「中国、朝鮮の人は胃腸が強いので鳥や獣の肉を食べても害はない、日本人がこんなものを摂っ たらやられてしまう。日本人の体質は異国の人より弱いためである。日本人の食事はあっさりとして軽い物がよい」とか。
  3. 益軒は当時の肉なし、油脂なしの食事環境より体質に原因を求めてしまっている。本当は逆で、当時の中国の人などは焼 き肉や炒めものを摂っていたので胃腸が丈夫。日本人は漬け物に味噌汁でご飯を大食する食事をとっていたので胃腸が弱いということだろう。
  4. 日本が長寿国になったのは、伝統的な食習慣が適度に欧米化され、栄養のバランスがとれたことによるものだと思う。

ちなみに新居先生が引用されている益軒の文章は次の本からとのこと。アマ ゾンで見てみると、えらく評判がよく売れているようだが、あまり信じ込むと寿命を縮める見たいです。
口語 養生訓
口語 養生訓貝 原 益軒 松宮 光伸

日本評論社 2000-08
売り上げランキング : 172,212

おすすめ平均 star
star養生訓の真髄

Amazonで詳しく見る
 by G-Tools

農業団体主導の「食育」なんかにも貝原益軒の影響が臭う。どうしても食育 とやらをしなければいけないのだったら、すべからく新居裕久先生のご本を子供に読ませろ!
健康長寿の常識・非常識
健康長寿の常識・非常識新 居 裕久

実業之日本社 2004-12
売り上げランキング : 410,016


Amazonで詳しく見る
 by G-Tools

Posted: Sat - April 15, 2006 at 04:12 PM   Letter from Yochomachi   Health   Previous   Next   Comments (6)  

2006年4月14日金曜日

なぞなぞ:長塚京三のお気に入りの悪態(カース)は何でしょうか?



きのうの日経夕刊「プロムナード」で「理想の上司像」イメージの俳優の長塚京三が書いている。PTA小母さんが仰天すること請け合い。

それだけを取り出して紹介すると誤解を与えるかも知れないので、内容の要旨を:
  1. アメリカのテレビ番組で映画俳優が映画人養成学校の学生たちの前でインタビューを受けるものがある。長塚京三が好きなのは、その中での「あなたのお気に入りのカース(悪態)は?」というコーナー。映画俳優の答にたいていピー音が被る。
  2. 私自身(長塚)はめったに罵ったりしないが、二三の微妙な言い回しを使うことがある。
  3. 一つは「オトコ」という言葉。「しっかりしろ」、「恥を知れ」という文脈において使う(女性差別だと女性から異議をはさまれたこともあるが)。
  4. もう一つは「イナカ者」という言葉。
  5. 地方出身者を蔑もうというのではない。私(長塚)自身も地方出身者の血を受け継いでいる。むしろ誇りに思っている。
  6. だからこそ私(長塚)は、極めて反語的だが、ある種の怯懦(きょうだ)、あるいは計算の高さがさせる姑息な振る舞いを、「イナカ者」の処世と呼んで憚らない。オトコらしくない、と断じる。
  7. 「目に余る」、「むくつけし」と、上品に言い換えることはいいが、それでは、数を恃(たの)んで推し通ろうとするこの勢力に向けて、私の気が収まらない。

この人の文章がすごく良いので、毎回このコラムを愛読している。内容も良い。昨日のは痛快だった。

「ある種の怯懦(きょうだ)、あるいは計算の高さがさせる姑息な振る舞い」をしながら「数を恃(たの)んで推し通ろうとするこの勢力」には、ホンマに頭にきます。散人もそう言う連中を「イナカモン」と呼んでいます。

2006年4月13日木曜日

さくらの永田町通信: 危うし

さくらの永田町通信: 危うし: "千葉7区の補選は、なかなか楽観できない情勢のようです。"

そうだわな。小沢のインパクトというより、小泉自民党が農村に譲歩しすぎたことで、都市住民の不満は極度に高まっているのだ! 何が何でも農村利権をぶっつぶせ、ということになる。

夫が家のごみ箱に隠した金だった—─捨てた500万円 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

夫が家のごみ箱に隠した金だった—─捨てた500万円 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞): "「何度も隠し場所を変えたので分からなくなった」と話しているという。

"

食料安全保障:浦賀水道こそ都民の生命線だ、通航を確保しろ!」



今朝、館山沖で衝突沈没した貨物船の映像は衝撃的。まるでタイタニックだ。それにつけてもあの辺りの船舶航行の安全は極度に脅かされている。物理的かつ政治的にだ。

あの狭い浦賀水道を三分に一隻の頻度で外洋船が通行するという。恐ろしいまでの混み 具合。そりゃそうだろう。東京都民が食べるタマネギの8割は中国から浦賀水道を通って運ばれるし、散人が消費する小麦粉や冷凍野菜、それに輸入肉やワイ ン・ウイスキーのほぼ100%は浦賀水道経由運ばれてくるのだ。あそこが通航できなくなれば、散人はもとよりほとんどの東京都民は一週間で飢える。

浦賀水道は日本の領海だから安全だといって安心していてはいけない。日本国内において浦賀水道を封鎖しようとする勢力が大きな政治的・文化的勢力を持ちつつ あるのだ。具体的には「地産地消はすなわち国産地消である」と言い切った農協新聞。その利益代表である農水族。彼らが使う莫大な宣伝用の軍資金に惑わされ て「農村万歳番組」を放映し続ける民放。本源的に田舎の利益代表であるNHKは言うまでもない。彼らの目的は浦賀水道を封鎖して輸入品を締め出すこと。信 じられないような高率関税や輸入割当の実現で彼らの目的のかなりの部分が達成されているが、それでも満足してないのか、彼らはさらなる「浦賀水道封鎖策」 を画策している。

このままでは、東京都民は確実に迫り 来る飢えに直面し、法外なお金をただ食べるが為だけに支出することを強制されることとなる。日本の戦後の食糧難と農村のぶんだくりを経験していない人には わからないだろうが、経験すればわかる。都市住民のなけなしの財産のほとんどは大根と引き替えに農村にぶんだくられてしまったのだ。

戦後の食糧難と、都市から農村への濡れ手に粟の所得・資産移転は、ひとえに当時、農産物の国際貿易が許可されていないが為に発生した。「柳の下にドジョウが」と彼らが思うのは勝手だが、都市住民は過去の苦い経験を思い起こすべきである。

愚者は自分の経験から学ぶ。賢者は歴史から学ぶ。

2006年4月8日土曜日

隠居小屋:ヤマモモの自然風剪定(写真付き)……大満足



いよいよヤマモモの剪定。はじめて自分でやったが、見事に「自然風」に仕上がった。

自慢の出来栄え:

 

剪定したように見えないのが、いいところなのであ〜る。「中透かし」という高等技術だ。

コツを伝授:
  1. 幹から垂直に立ち上がっている徒長枝を全部落とす。それだけでほとんどいい。
  2. 樹に登って剪ること。スライド式の高木用の剪定ばさみは使いにくい(垂直に立ち上がっている徒長枝を下から切ることは出来ない)。
  3. 最初に太いのをノコギリで切り、その他のものは手で折る。その方が安全(落ちない)。
  4. ノコギリを使うときは、剪る枝を手で持たないこと。剪った枝とともに自分も落ちてしまう。

今まで植木屋さんにやってもらっていたが、いつも剪りすぎるので不満足だった。でも今回は大満足。散髪屋と同じで、自分でやったほうがいい。

隠居小屋:ヤマモモの自然風剪定(写真付き)……大満足



いよいよヤマモモの剪定。はじめて自分でやったが、見事に「自然風」に仕上がった。

自慢の出来栄え: 





剪定したように見えないのが、いいところなのであ〜る。「中透かし」という高等技術だ。

コツを伝授:
  1. 幹から垂直に立ち上がっている徒長枝を全部落とす。それだけでほとんどいい。
  2. 樹に登って剪ること。スライド式の高木用の剪定ばさみは使いにくい(垂直に立ち上がっている徒長枝を下から切ることは出来ない)。
  3. 最初に太いのをノコギリで切り、その他のものは手で折る。その方が安全(落ちない)。
  4. ノコギリを使うときは、剪る枝を手で持たないこと。剪った枝とともに自分も落ちてしまう。

今まで植木屋さんにやってもらっていたが、いつも剪りすぎるので不満足だった。でも今回は大満足。散髪屋と同じで、自分でやったほうがいい。

2006年4月7日金曜日

なぞなぞ(地域差別系):地方交付税で一番割を食っている県はどこでしょうか?



今朝の日経で仕入れたなぞなぞ。住民一人あたりの行政サービス金額で、一番得をしているところと一番損をしているところで、格差は2.5倍にもなり、一人あたりにして年間19万円もの差が出ているというのだ。

日経が出しているのは一人あたりの行政サービス額の数字。最も少ないのは、埼玉県と神奈川県。一人あたりで約13万円しか行政サービスを受け取っていない。一方、一番あくどく儲けているのは、やっぱり島根県。実に県民一人あたりで年間32万円もの行政サービスをもらっているというのだ。埼玉県と神奈川県の実に2.5倍。とても不公平だ。金額にして一人19万円といえば、大都市住民は4人家族で実に年間76万円も損をしているということだ。76万円もあれば、いろいろ楽しいことが出来るよ。

地方交付税に似たような制度は欧州にもある。税収が少ない地方自治体を「同じ程度に」是正するのが目的。ところが日本では、逆にそれを飛び越えて、税収が少ない自治体の方が地方交付税のおかげで、県民一人あたりにして大都市圏とは比較にならないぐらい手厚い行政サービスをばらまいているのだ。あいつらボリまくっている。

これは行政サービスだけを見た数字だが、その他にもいろいろな不公平な分配がある。例えばNHKのサービスだ。NHK視聴料の大半は都市住民が払っているにかかわらず、受益者は地方住民。一人あたりのNHK支出額を大都市圏と地方で比較してみたらわかる。同じく郵便サービスもそう。電気、電話もそうだ。民間のクロネコヤマトの宅急便ですら、全国一律の料金体系がゆえに大都市住民は余計な料金を負担している。

地方にボラレまくっている都市住民よ、怒れ!

2006年4月1日土曜日

〔再録〕4/1 Today : [号外] 靖国神社からA級戦犯14名の英霊が持ち去られる!


旧HPから再録。靖国神社問題にはこんな解決策もある。エープリルフールにしておくのは勿体ない:

4/1 Today : [号外] 靖国神社からA級戦犯14名の英霊が持ち去られる!



靖国神社からA級戦犯の英霊が盗まれる事件が発生した。本日4月1日未明、東京千代田区の靖国神社の境内に、大国主命のような袋を背中に背負った不審な山伏装束の人物が現れ本殿前で祈祷をはじめたのを通行人が目撃、警察に通報があったが、九段下派出所から警察官が到着したのは、その人物が袋を担いで境内を立ち去った後であった。しかし、本日午前8時になってこの人物は九段会館で記者会見を開き「自分は日本の修験行の始祖である役行者の第152代目の行者である。靖国神社に合祀されていた14名のA級戦犯の霊は確かにこの袋の中に収納した。今から役行者のゆかりの地である富士山山頂に安置する」と発表。直ちに中央高速を富士吉田方面に向けて出発していった。


靖国神社側が事態を把握したのはこの記者会見後のことで、神社本庁では混乱を極めている。「直ちに警察に盗難届を出しこの役行者第152代目という男を告訴すべきだ」という意見がある一方、「そんなことをすれば14柱の英霊がいなくなったことを認めることになる。盗まれていないと公表するべきだ」という意見も出ている。「盗まれていないのであれば『存在する』ということを見せなければならないが、どうやってやるか」と気遣う声もあり、紛糾している。

かねてからA級戦犯の分祀を主張する麻生太郎外相は「そうか、これですっきりした。これで堂々と総理は靖国神社を参拝できる」との談話を発表。A級戦犯が合祀されている靖国神社への総理参拝はサンフランシスコ条約に抵触するおそれがあるとの見解を表明していた内閣法制局長も「これでいっさい国際法上の問題はなくなった」とコメント。緊急会見を開いた小泉首相は「(A級戦犯が靖国神社にいるかどうかは)心の問題だ。いないと信ずればいないのだ」と述べた。

北京で記者インタビューに応じた唐家セン(Tang Jiaxuan、とう・かせん)国務委員は、「盗まれたかどうか事実関係を把握していないが、いずれにせよこれは日本国内の問題だ。靖国神社からA級戦犯がいなくなったのであれば中国として総理の靖国参拝に反対する理由はない」と言明。ただし「新しい総理大臣がA級戦犯への参拝のために富士登山をするのであれば問題だ」とも付け加えた。

日本の古代宗教問題に詳しい大谷大学の南野事駄教授は「古代から続く役行者の方が、たかが明治時代からの歴史しかない靖国神社の神官よりははるかに霊力が高いとみなされている。この行者が大国主命風の袋を背負っていたことも重要。あれは風神の神器でもあり、ありとあらゆるものを吸い込んでしまう力を持っている」と解説。

今回、九段会館で記者会見が準備されていたなど手回しが良すぎる面もあり、関係者の間ではこれは日中韓政府により周到に準備されたパフォーマンスではないかとの見方も出ている。いずれにせよ、この事件をきっかけに日中韓の靖国神社をめぐる確執は解消に向かうものと期待される。

Posted: Sat - April 1, 2006 at 09:23 AM   Letter from Yochomachi   きょうは何の日   Previous  Next   Comments (9)